力が欲しい。








優思










「和尚様ー!」

穏やかな日差しの中、小坊主の恰好をした少年はいなくなってしまった和尚を捜していた。

「今日は大事なお客様がいらっしゃるって言っておいてあなたがいなくなってどうするんですかー!!」

走りながら少年はきっとどこかに隠れているであろう和尚に叫んでみた。

だが、やっぱりというもの。

いなくなった和尚は簡単には出ては来なかった。

「はぁ、こうなったら仕方がない…」

何かを決意したのか少年は懐に手を忍ばせる。

「あぁ!こんなところに和尚様秘蔵の梅酒がー!!」

「何ィー!!!」

「………」

「………」

「そんなところにいらっしゃったんですか和尚様v」

その笑みが怖い。

「………はぁ。してやられたわい。んで、何用じゃ伊作」

「何用じゃありません!お客様ほったらかして何なさってるんですか!」

「だって面倒くさいんじゃもん」

「可愛ぶったって駄目です!ってか可愛くありませんから」

「ったくお前はかわいげがないのぉ」

「男なんですからかわいげなんてなくて結構です。ほら行きますよ!」

「ほいほい」

いかにも面倒くさいといった感じで渋々付いてくる和尚に伊作は軽く眩暈がした。

こんなんが和尚でいいんだろうか…。

だが一度人前に出れば如何にも仏門に仕える敬虔な信徒になるのだ。

なんというか…猫っかぶりが上手い。

はぁ…。

伊作は何だかどっと疲れた気がした。






















伊作はもともとここの寺の子ではない。

所謂孤児なのだ。

7つの頃に家族全員を流行病で亡くし、路頭に迷っていたところをこの和尚に拾われた。

尊敬はしている。

この人が拾ってくれなかったら今の僕はいないのだから。

本当は優しい人間なんだって分かってる。

ただ普段は面倒くさがりでふざけているだけで。

だってこの寺には僕の他にも何人も孤児が拾われているのだから。

その中でも僕は一番年上で他の子達の面倒も見ている。

中にはまだ3つとか4つの子もいるから大変だ。

それに…

世の中は僕らに対して優しく出来てはいない。

自分を守れるのは最終的には自分だけだということも分かっている。

こんなこと言うと和尚様には「分かったような事言いおって」なんて言われるけど、

分かったようなことじゃない。

分かっているんだ。

今までの経験から学んだんだから。

その為には力が欲しいかな、なんて意味もなく考えていた。























「いさ兄ィ!川行こう川!」

「えー!鬼ごっこしようよー!」

「川!」

「鬼ごっこ!」

「はいはい喧嘩しないの」

「じゃあいさ兄はどっちの味方!」

「鬼ごっこの方がいいよね!」

「んー、じゃあまずは川に行ってからそこで鬼ごっこしない?」

「するー!」

「するー!」

「じゃあ決まり!僕和尚様に言ってくるからちょっと待っててね」

「はーい!」

「いさ兄早くね!」

「分かってるよ」

いつでも元気な弟分達を見るとこっちまで楽しくなってくるよ。

ちょっと気分はお兄さんよりお母さんの方が近い気がするけど…。

「和尚様ー!」

「んん、何じゃ伊作」

「これからみんなと川まで遊びに行って来ます」

「おお、行ってこい行ってこい。気を付けるんじゃぞー」

「はーい。いってきまーす」

元気よく駆け出す伊作に和尚様は人知れず笑みをこぼした。

「すっかり明るくなってなぁ…」

ここに来たばかりの頃はそりゃ酷かった。

人に近寄ろうとしなかったし、人を近づけようとしなかった。

よほどの事があったのか、儂が寄るとまるで動物の様に威嚇をした。

それが徐々に同じ境遇の子供達と触れ合って変わっていった。

あれが本来の伊作なのだろう。

今の世の中親を亡くした子供は少なくない。

戦であったり、病であったり、事故であったり。

当たり前をなくした子供が溢れている。

それはなんと悲しいことか。

せめてここにいる間だけでも子供達が元気に育ってくれたら。

そう思わずにはいられなかった。





























帰って来た子供達を見て和尚は驚いた。

川に行っていたはずなのに揃って怪我だらけなのだ。

「どうしたんじゃ?!」

「………」

「お、おじょーざまー!」

「いだいよー!!」

「おぉ、よしよし。一体何があったんじゃ」

子供達は泣き叫ぶだけで一向に要領を得ない。

どうしようかと思うと1人だけ泣いていない子供がいた。

伊作だった。

だが、泣いてないといっても懸命に堪えているだけで今にも涙が零れそうである。

「伊作…?」

「………村の…子供たちに…やられました…」

「村の?!」

「…僕たちのことっ…親無し子だってっ………」

「なんとっ…!」

「………っ」

和尚にはかける言葉がなかった。

子供達はとても痛ましく、簡単な慰めでは意味がないことを知っていた。

中でも伊作の怪我はもっとも酷く、他の子供達を守ったことが伺える。

「取りあえず中に入りなさい。傷の手当てをしよう」

和尚の言葉に皆泣きながらも中へと入って行く。

「………伊作?」

伊作はただ1人そこに立ちつくしていた。


















やっぱり他人は信用出来ない…。
































「伊作、ちょっといいか?」

「………なんですか?」

その夜伊作は和尚の部屋へと呼ばれた。

あの後の伊作はいつも通りで、川での出来事が嘘のように見えた。

だけど…どこかが違っていた。

あぁ、この子はまた笑わなくなってしまうんだろうか。

そんなことを思ったら話さずにはいられなかった。

「和尚様、お話って?」

「なぁ、伊作。…他人は信用出来ないか?」

「………っ!!」

「正直に話してくれ」

「………信用…出来ません………」

「………そうか」

「…それだけでしたら僕は帰らせて頂きます」

「あぁ、まあ待て」

立ち去ろうとする伊作をやんわりと制止した。

「………なんですか」

「少しだけこの和尚の話につきあってくれんか?」

「………別にいいですけど………」

「ありがとな」

いったん座り直すと和尚は伊作を正面に来させた。

「実はな、………儂は昔忍じゃった」

「………はっ?」

唐突な告白に一瞬マヌケな答えしか返せなかった。

それはそうだろう。

話を聞けと言われたらいきなり忍者だなんて言うのだ。

冗談にしか思えない。

「そう疑るでない。まぁ無理もない話か」

「………それと話と何の関係が?」

「まぁ聞け。昔…もうこの寺に来る随分前のことだ。儂は忍として世を駆けていた。

 人のことを人と思わず手にかけたことも1度や2度ではない。それを疑問にも思わなかった。

 …だがある日…、儂は任務の途中でヘマをして怪我をしてしまった。当然仲間にも見捨てられた。

 …そんな驚くことでもあるまい。それが忍というものなんだから。だが、分かっていても…儂は裏切られた気になった。

 それからは荒れた毎日だったよ。もう誰も信用出来ないと誰とも組まずただ任務だけを追い掛けていた。

 それのせいでな、ある時死にかけたことがあった。あぁ、儂もこれで終わりか。そう思った。

 だがな、気が付くと儂はまだこの世にいて布団で寝かされていた。不思議に思って見るとそこはどうも寺のようでな。

 どうやらそこの和尚が助けてくれたらしかった。だがしかしあれだ、誰も信じられなくなっていた儂には

 その和尚も信じることが出来なかった。何日か介抱してもらってやっと動けるようになった頃和尚が聞いてきたんだ」

「………なんて…聞いたんですか?」

「人は信じられませんか、ってな」

「………そう聞かれたんですか?」

「あぁ。儂は当然驚いた。けど言った。あぁ信用出来ない。この世で信じられるのは自分だけだ、てな。

 そしたらなんて言ったと思う?それでは寂しくありませんか?そう言うんだ」

「寂しい…?」

「そう、寂しいだ。儂は馬鹿にしたさ。寂しいなんて思うのは人間の綺麗なとこしか見てないから言えるんだ。

 人間は汚い。そんなものがなくたって寂しいわけあるか」

「………」

「すると和尚はな、…確かに人間は汚い。だけれどそれ以上に愛おしいものでもあるんですよ。

 意味が分からなかった。構わず言うには、人は誰しもどこかで他人に頼って生きているんですよ。

 それはとても小さな事かもしれないし、とても重要なことかもしれない。自分1人だけで世界は作れません。

 皆誰かと関わって世界を作っていく。他人を信用するのは確かに難しいことかも知れません。

 …ですが、信用出来る仲間が出来た時の喜びは何物にも変えがたい。貴方にも…経験はありませんか?

 儂は無性に涙が出てきた。意味なんて分からないさ。ただ涙が出た」

「………でも僕は人を簡単に信じることは出来ない………」

「…儂だってそう思ったさ。誰でも彼でも信用しろっていうんじゃない」

「和尚様は信用出来るんですか?」

「そんなに出来た人間じゃないさ儂も。その和尚が最後に言ったことを参考にしてるだけだ」

「………何を言ったんですか?」

「信用できるかどうかは自分で確かめるしかない」

「…そう…言ったんですか…?」

「あぁ。なぁ伊作、世の中の人間全てを信じろなんて言っているんじゃない。せめて…

 せめて自分で信用出来ると思ったヤツくらいは信じてみてくれ」

「………でも…僕は……」

確かに小さい頃は信じていた。父さんや母さんが生きていた頃は皆が優しかったから。

人間は優しいものなんだって思ってた。でも…、父さんと母さんが死んでからは皆が冷たくなった。

いつも優しくしてくれていたおじさんもおばさんも、僕達を見ると途端にどこかへ行ってしまった。

それから兄ちゃんや弟達が病気になっても…誰も助けてはくれなかった。

だから思ったんだ。大人は汚い。人間は汚い。どうせ面倒になったら捨てていく癖に。

道ばたに僕みたいな子供が倒れていても誰も見向きもしない癖に。

中途半端に親切にしたって最後は裏切るくせに。

その時にどれだけ僕等が傷つくのか分かっていないんだ。

そんな自分の為の親切なんていらない。

そんなのただの自己満足だ。

だから…他人は信用出来ない…。

「………今すぐに信じろっていうんじゃない。いつかでいい。いつか、本当に信用出来る人間を見つけてくれ」

「………いつか………」

他人は信用出来ない。

でも……いつか…、いつかは見つけられるのだろうか。

信用できる他人、仲間というものを………。

俯いてしまった伊作に和尚は優しく微笑みながら切り出した。

「それでな、伊作」

「………はい」

「お前忍術学園に入る気はないか?」

「………はい?」

忍術…学園……?

「忍術学園ってのは、平たく言えば忍者の学校だ。そこに通ってみる気はないか?」

「…え…通うって…なんで?」

「お前、強くなりたいって言ってただろう。あそこで学べば近所の子供には負けないくらいの力はつく」

「………でも………」

「それにあそこに行けば何か見つけられるかもしれないと思ってな」

「………見つける?」

「あぁ。まぁ無理強いはしないさ」

しばし沈黙が走る。

伊作は何かを考える様にして俯いている。

やっぱり無理か…。

和尚が半ば諦めかけた時、返ってきた答えは意外なものだった。

「………行きます」

「………本当に………?」

「行きます、忍術学園へ」

























旅立ちの日は朝日もまだ昇りきっていない頃の出立だった。

「気を付けてな」

「はい」

簡単な挨拶を交わし、伊作は振り返らずに行こうとした。

「伊作!」

「………」

「1つだけ言っておく。力に取りつかれるな」

「…それはどういう?」

「力こそすべてだと思うな。その先にあるものを…見つけてくれ」

「…その先にあるもの?」

「あぁ。すぐでなくていい。ゆっくりと見つけていってくれ」

「………はい」






















力が欲しい。

でも力だけでは駄目。

その先にあるものって何だろう。

いつか僕にも見つけられる日がくるのだろうか。

………見つけられるといいな。

















第四弾は伊作でした。 何か微妙にすれてるっぽい? まぁ、捻くれなかっただけマシか。 伊作は誰にでも優しくするけど、信用しているわけではない。 本当に信用するまではすごく時間がかかると思う。